HiSTORY

 

現在ミンガ村は、より理想的なグループホーム、そして作業所のあり方を模索中です。


「ミンガ」とはマヤ文明時代インカ帝国の公用語であったケチュア語(キチュア語)で「結い」、「助け合い」、「協同作業」という意味を持ちます。

「ミンガ村」は、障害児を持つある母親の発案から始まりました。


「障害を持つ我が子は、自分が他界した後、どうやって、どこに住んで、何をして生きて行くのだろうか?」


障害児を持つ親たちの共通の悩みでしょう。私もその一人です。私の子供は自閉症で、今は養護学校に通っていますが、やがて、学校を卒業してから作業所や授産施設に通うことになるでしょう。では、どこで暮らしていくのでしょうか?親がいるうちは親と暮らせますが、親もいずれは年老い、他界します。そうなった時は、入所施設に入所させるのが一般的でしたが、今ではグループホームに住むのが一般的なようです。


私はわが子が将来お世話になるであろう作業所や授産施設、そして入所施設をいくつも見学して回りました。そしてわかったことは、どこの作業所も入所施設も満員状態であることでした。


毎年、養護学校から子供たちがどんどん卒業します。その数に見合った施設が決定的に不足しているのです。そうなるとどういうことが起きるでしょうか?子供たちは行き場をなくし、家にいる子が増えるでしょう。学校や作業所のように通う場がなくなると、障害児とはいえ、生きる目的がなくなります。毎日朝起きて学校や作業所に出かけて行く、という何でもない様な行為が実はとても大事なことなのです。その昔、まだ養護学校すらなかった頃、障害者は早死にしていたそうです。なぜなら、生きる目的がなかったからです。家に閉じこもりっきりになるからです。


我が子の将来を考えれば考えるほど不安になり、どうしよう、と悩みました。眠れなくなる夜もたくさんありました。これはもはや我が子だけの問題ではありません。障害児を持つ親は同じ悩みをかかえているはずです。


障害を持っている人も、持ってない人も、みんな平等に尊い命と魂を持っています。人は自分の両親を選んで生まれて来ていると言われています。自分の名前も自分で選び、肉体も選んでいます。ということは、障害者の魂は、自分の障害を選んで生まれて来ています。あなたは障害を持つ体を選んで生まれて来れますか?よほど勇敢な魂でないと、そういうことはできません。私たちの周りにいる障害者たちは、本当はとびきり勇敢で崇高な魂の持ち主なのです。では、何のために障害を持って生まれて来るのでしょう?それは、周りの人々に「気づき」を与え、そしてそれが、人々や地球を救う結果になるためだと思います。魂がよどんでしまっている人々に光を照らすために生まれて来たのだと思います。障害児はひとりひとりがまぶしい光の玉です。接する時間が長ければ長いほど、本当にその純粋さに心を動かされない人はいないと思います。そして、それに気づいてあげるのは、親の責任でもあります。私自身がそうでしたが、我が子の生まれて来た意味をだんだんわかっていくことで、子供の状態はだんだん落ち着いていきました。幼い頃は本当に手がかかりましたが、今では本当に手のかからない子に成長しました。


私は自分の子供によって育てられ、多くを教えられてきました。特に障害児をお持ちの親御さんたちは、私と同感な方が多いと思います。そんな子供たちの将来を、福祉予算がどんどん削減されてきている国の政策のみに頼っている訳にはいきません。「じゃあどうすればいいか」考えました、そして「自分が子供を安心して残して逝ける様な持続可能なコミュニティを創ればいい!」と思うようになったのです。同じ想いを持つ人たちがたくさんいるはず、意を共にした人たちが一緒になって輪を作れば必ず実現するはずです。


もはや障害者だけの問題ではありません、現代社会は多くの問題をかかえています。うつ病、引きこもり、ニート、生き甲斐の持てない人生、登校拒否、出社拒否、自殺、そして他殺、アルコールや薬物依存、などたくさんのネガティブな形が社会的現象となって増えてきています。こういう現象にこそ光を照らせるのは、生まれ持った障害を持つ子供たちだと私は思っています。


「ミンガ村」命名に至った経緯をお話します。


私が初めての我が子を出産し、初対面の瞬間、「ミンガ」という言葉が脳裏で聞こえたのです。私はその「ミンガ」という言葉の響きにこれ以上もなく魅せられ、この子はきっと私に自分の名前を教えてくれたのだと確信し、我が子を「ミンガ」と名付けました。その時「ミンガ」という言葉に意味があるということは知りませんでした。


ミンガが10歳の頃、私は将来我が子のためのコミュニティ構想を考え始めました。ちょうどその頃、まずはミンガの父親から、そしてそのあと数人の知人から「ミンガ」という言葉には意味があると聞かされました。ケチュア語で「結い」つまり「助け合い」という意味にびっくりしました。まさに私が考案していたコミュニティのコンセプトそのもので、私は迷わずこのコミュニティ構想を「ミンガ村」と名付ける事にしました。


ミンガ村は、地球にやさしい無農薬農業をベースに、障害のある人もない人も、意識を共にした人たちが近隣に住み、互いに助け合って仕事をしながら生きて行くコミュニティを目指しています。


人は命をいただいて生かされています。生きて行くための基本は「食」です。安全なものを食べることが人の基本であり、食べ物は身となり、心にもなっていきます。肉好きの人は動物的な性質を持ち、野菜好きは穏やかな性質を持つ傾向があるようです。添加物を食べると切れやすくなったりします。そういう基本的なことが人間形成に大きくかかわってきます。


太陽の下農作業をしたり、農作物の加工(油絞りやコンニャク作り、保存食作りなど)をしたり、ハーブの栽培、ハーブの加工など、そして織物やその他いろいろ、みんなでアイデアを持ち出しあって、村創りを一緒にしませんか?


ミンガ村はまだまだこれからです。老若男女どなたでも参加していただけます。参加の仕方も色々、短期、長期、永住など、とにかく皆で話し合いながら、自分たちの意見も反映させることができます。一人で老後を過ごすのが寂しいお年寄りの方、身寄りのない方、障害のあるないにかかわらず、一度ご相談ください。